わたし好みの新刊 2015年07月
『ムササビ』 川道武男/著 築地書館
著者はムササビ研究の第一人者である。もともと,哺乳類の生態研究者で北海道
のナキウサギの研究者としても知られている。金尾恵子さん挿し絵の『花の谷のナキ
ウサギ』(ブックローン1990)のほか『ウサギがはねてきた道』(紀伊国屋書店1994),
妻美枝子さんとの共著『けものウォッチング』(京都新聞社1991)など一般普及書
も多く出されている。
この本『ムササビ』は,9年にもわたる著者の詳細なムササビ研究の記録である。
奈良公園に棲むムササビ百数十頭に個体識別をしてムササビの「交尾・繁殖戦略」
を明らかにしている。
まず,暗闇の中,あの高い樹の上をさっと滑空していくムササビの一匹一匹を識別
することから観察は始まる。しかしこの個体識別じたい至難の業である。それをどう
やって識別するのか「観察のコツ」にくわしく書かれている。続く「季節のメニュー
と食事マナー」も楽しく読める。ムササビは社寺林に棲息することが多い。それは,
樹洞の多さとメニューの多様性が保証されるからとある。樹洞は鳥獣の大切な隠れ
家になる。なのに林業では「老齢過熟木」として大木が伐採されることに注意を促
している。
5章以下では「行動圏となわばり制」「交尾をめぐるオスの争い」「交尾栓の秘密」
と続く。ここでは,テリトリーに棲む雌と,雌を奪おうとするオス同士の熾烈な行動な
どくわしく書かれている。思わず読者も目の前でムササビを追っているような錯覚を覚
える。
細かな記載が続くことも多いが,まるで〈ムササビ劇場〉をながめているがごとく読ん
で楽しめる。哺乳動物調査の方法についてこれほど具体的に書かれた本はない。
「動物が好きな中学生や、ムササビ観察会などに参加する市民」が対象と書かれてい
る。専門的な本とは言え,中学生以上なら楽しんで読める本である。
2015,02刊 2,300円
『うんちの正体』 坂元志歩/著 鱈耳郎/絵 ポプラ社
「うんちの正体を、きみは知っているだろうか。うんちは、ただの食べもののかすで
はない、生命の塊だ。…」と「はじめに」で語られている。何の話だろうかと思うと,
なんと菌の話である。「さあ、うんちと、菌のおどろきのドラマをめぐっていこう。」
という呼び込みでこの本は始まる。
「エピソード1」としてへそのゴマの話がある。なんとへそのゴマには菌がびっしりとか。
アメリカの研究者が「へその生物多様性プロジェクト」を組んで本格的なへその菌研究
に乗り出している。へそのゴマからチーズが作れるというウソのような本当の話もある。
「エピソード2」はNASAが研究するうんちとおならの話。重力のない密閉された宇宙空間
でのおならとうんちはなかなかやっかいな代物のようだ。宇宙ではどのようにしてウンチを
するのだろうか。「なるほど」そんな手法があるのかと感心させられる。いよいよ胃腸内
の細菌の話に入っていく。なんと胃では1万個,小腸では1兆個もの菌が活躍しているとか。
しかし,免疫細胞もあって病気を引き起こす菌と闘っているとか。腸内は菌と細胞との激戦
場らしい。小腸で栄養分が吸収された食べ物はやがて大腸へ。この大腸の菌の数は100兆
個にもなるとか。大腸内のうんこは菌の塊のようなものらしい。しかし,それらの菌はうまく
私たちの体をコントロールしてくれている面もある。「菌がわたしたち人間をコントロールし
ている」という見方もあるという。多様な菌が腸内でバランスをとることが大切だとか。健
康な人のウンチを薄めて人の鼻から注入する治療法もあるとか。まだまだ研究段階ではあ
るが体に棲み着いている多様な菌が私たちの体も心もコントロールしている。
「茶色いウンチの正体は、きみと深く関係していた菌なのだ」としめくくっている。「菌」は
奥が深い。小学生から読める。 2015,02刊 1,300円